出口のない絶望など、存在しない。

​伝説の画家、オチ・オサム。

彼は皮膚の向こう側にある「魂(ψυχή)」を描き、

私はその傍らで「希望の糸」を手繰り寄せ続けた。

​81年の歩みが導き出した、

ハチャメチャで、究極の「真実」へ。

【 魂の航海図(目次)を開く】

この「破天荒」な画家と画商のタッグ人生は、

『出口のない絶望など存在しない』という、究極の希望の物語です。


【ハチャメチャな真実】の世界へ

​この「破天荒」な天才画家【】オチ・オサムと画商(田村治典)とのタッグ人生は『出口のない、絶望など存在しない』という【究極の希望】の物語です。


🍎美術関係者の方はここからオチオサムの深淵に触れる➀②③のオチ評論にお進みください。

​オチ・オサムの絵が『形象』としての【魂=ψυχή(プシュケー)】の小宇宙なら、この童話は私の『本質』の小宇宙です。ニカイアの壁も教義の壁からも自由に、私が猟場で、そして母の死の中で見つけた『私の生命の本質=復活信仰』を【青虫=蝶々=ψυχή(プシュー)】に託しました。

🦋【なぜ魂と蝶は同じ

言葉なのか】

田村創作童話を楽しみたい方へ🍎ここから物語へお進み下さい!


「芸術は、人生そのものだ」

​一見、何のつながりも無いように見える以下の断片(動画・画像)こそが、その「真相」を物語っています。

​まずは、ご覧ください。

究極の希望、その「魂」を投影した小宇宙絵画を!

 「究極の希望=【魂】の投影を可能にした小宇宙絵画!

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知覚を揺るがす絵画


絵の意味は悲しい程、鑑賞者に委ねられています。

ータピエスの言葉

【動画2】(植樹ニュース) 

子どもたちのパワーで30年!振り返れば「出口のない絶望などない」『希望りんご』 植樹の記録。

【映像のバックに流れる音声はラジオ大阪【昔少年・元少女】に出演番組です。テープ劣化のため音量があがりません】

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『りんごは寒い地方でしか育たない!』

そんな常識を

覆したのが 

『希望りんご』です。

寒かろうが、暑かろうが、『生命と希望』の木を植え続けました。



 【画像3】



 『出口なし』 

 ( 1962年/2015年再制作)東京都現代美術館蔵

 中原祐介

戦後美術

ベストテンに選出!

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎


皮膚から骨格へ

​自画像の常識に一石!

『脳波による自我像』 四面体 

技法 オフセット 限定数100部

(福岡市美術館蔵)

(他に長崎県美術・博物館蔵三面体)

【動画4】

閃きという神さまからの贈り物!

被災地でのライフハック発明品、風船狩りに通じる、耐熱ペットボトル湯たんぽ、簡易オシリエット、両手洗い器、20人が暖まれる多人数コタツ。


水洗トイレは水を流すな!

快適な災害用トイレ

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【在りし日のオチと】

【オチ・オサムの

戦友?としての私】 


  下のボタンから

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

画家の仕事(役割)

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

画家の仕事とは、ただ『絵』を残すこと。

制作意図を語ることは、鑑賞者の自由な解釈に影響を与えかねない。

もし言葉を添えるならば、それはポエムであるべきだろう。

あとは、作品を鑑る人々の感性を信じるのみだ。

​オチ・オサムを間近で見ていて、そのことを痛感しました。

彼は制作中、無心でキャンバスに向き合います。

そして描き終えると、完成した絵をしみじみと眺め、こう呟きました。

『田村さん、結局のところ凹も凸も。同じなんですね』

​この時、オチは画家としてではなく、まさに最初の一人の鑑賞者へと変わっていたのです。



🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチ・オサム

脳波による自画像

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

【美術館対象作品、一般への頒布は行いません】

脳波による自画像

【皮膚一枚の向こう側】

いわゆる、一般的な『自画像』でないのはひと目でわかる。

私の知る殆どの自画像は外から見える髪の毛や顔という薄い一枚の皮膚。そして、それを覆う帽子や洋服、メガネや装飾アクセサリーなど、描かれているその人とは物質的に異質な【モノ】と【人】合成だ。

人の本質である『心』や、その人の体積の大部分を占める、皮膚に包まれた中身も、心臓の動きも絵には描けない。

しかし、科学の進歩はレントゲン写真や心電図によって虚像は見れるようになった。

オチの自画像は、オチ自身の骨格のレントゲン写真とオチ自身の心電図による脳波を組み合わせた画期的な『自画像』だ。

少なくとも、皮膚

一枚の『自画像』よりは、その人間の実像に迫っている。

作家は、素材として用いた鑑賞者の視覚に留まる『モノ』を使い、作品として固着した表現の結果を見せてくれる。

作品の作り手なのだから【作家の制作意図】は50%は尊重されるとしても、あとの50%は対峙する作品をどのように見ようと鑑賞者の自由ということになる。

他の人はともかく、【私】はオチの画面いっぱいに広がる球体に、『生きとし生けるもの』の魂を投影して楽しんでいる。

【そんな絵の観かたもある】ということを伝えるのも私の任務だと思う。

そうそう、この【脳波による自画像】にはとんだ秘密がある。オチが制作時に手の部分のレントゲン写真の裏表を逆にコラージュしてしまった(オチ談)というのだ。

でも、見た感じは骨のレントゲン写真ですから指の位置さえ合っていれば、表裏の違いなど、言われるまでわからない。(言われてもわかりにくい)



🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチ・オサムのドリッピングについて。

オチ作品には多くのドリッピングによる作品がある。

その代表的なものが【ポロックに捧げる】という30号の連作だ。

その他に労働者が身につける、【軍手や軍足をコラージュした】シリーズや、【宇宙ホタルシリーズ】など、モチーフが違ってもドリッピングのやり方は同じだ。

どんなやり方なのか?下のボタンから訪ねてみよう!



🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチ・オサムの

戦友としての私

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎


オチさんが私の一連の『希望りんご』と名付けた植樹活動を【田村さんの美術作品】といい『田村さんの作品は綺麗だよ!』と評価してくれた。

美術知識に疎く、我流で生きてきた私にそんな意識がある訳はないが

それ以来、私は臆面もなくオチの芸術の友として自認してきた。

私は、確かにオチと、共に戦ってきたのだ。

しかし、『何と戦ってきたのか? 』と問われるとすぐに答えが浮かばない。

オチが向き合った様々な戦い。

下世話な日常生活の苦しさや、若き日からの【天才】という称号の自負心と、重圧。 

アルコール依存症とその後遺症。世間の嘲笑と批判、数え上げればきりがない。

それらの日々の苦しい日常を生き抜いていたからこそ、天才オチ・オサムは『芸術』を日常から隔離する【芸術の聖域】=【メジャーな世界】では生きられなかった。

真面目に必死に生きている 世の絵描きたちの人としての尊厳はボロッボロではないか!

『絵描き』と言えば『貧しさ』の代名詞だ。

オチも例外ではない。オチ自身の個人的な貧しさを言っているのではない。

美術界そのものの哲学の貧困さのことだ。


この隠れた【天才画家】の生涯は『オチ順子という存在を抜きにしては語れないだろう。

普段は殆どアルコールを口にしなくなっていたオチだったが、私がアトリエに行くと、

『お〜い、順子!田村さんが来たよ!ビールを出してあげて!』

と私のために?1本の缶ビールをねだってくれた。

 そして、それを2人て分けて愉しんだ。

画商としての私は何も天才画家オチ・オサムに寄与するものはなかった。

敢えて私のオチへの功績を問うならば

【芸術家必須のヒモ生活者の絵描きではない】という画家の尊厳への寄与か?

靴下1枚履くのから経済的な全てまで奥さまの順ちゃんに支えられていたにも関わらず、【一家の主】、【大黒柱】として、世間への【自立したプロ画家】演出のアクセサリーくらいにはなれたのかも。

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチの『芸術談義とは?』

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチのアトリエに行くと、いつも時間の経つのを忘れた。

泊まっていくことも多かったが、のべつまくなしに、2人で何かをしゃべっていた。 

何をしゃべったかなど思い出せないので、どうでもいい話だったのだろう。

帰りがけにオチはいつも『今日はよかった、田村さんと久しぶりに芸術談義ができた』と言ってくれた。

私が、『どこが芸術談義なん?世間話しかしてへんやん!』というとオチは いつも言った。 

『世間話こそ芸術談義なんだよ』

そう言えば、バニューの桜井の家で呑んでたときの田淵安一も同じやったな!(※)


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

『画家に従う絵の具!』

ある日、オチのアトリエを訪ねると、ドリッピングの制作中だった。制作の邪魔にならないよう、息を凝らして見ていた。

私はこれまで、ドリッピングといえば、『ウォーターフォールで有名な千住 博 画伯がテレビでやっていたように、キャンバスを立てて、上から絵の具を垂らし、どこに流れていくか、わからない自然の造形美だと、思い込んでいた。

しかし、オチのドリッピングは違った。

広げた新聞紙に置いた画用紙に向かい、しばらく難しい顔で見つめている!

やがて、手を揺らしながら一気に絵の具を垂らしていく!

勿論、自分の意思での運筆だ!

 最後に、筆をビシッと勢いよく止めて、飛沫を画面に叩きつける。

この制作風景を見ていた、私にはひとつの疑問が湧いていた。

絵を描き終わり、緊張が解けると、直ぐに、画用紙を置いていた新聞紙を見に行った。

ビシッとした筆の最後の飛沫が、どれくらい、絵からはみ出し、新聞紙を汚しているのか、気になっていた。

しかし、予想に反して新聞紙は全く汚れていなかった。

殆どの飛沫が画用紙内に収まっていた。

なぜ、こんなことを気にしたのか?

【絵の具】が外にはみ出していれば、いるほど、作品の偶然性が高まると思ったからだ。

つまり、『絵描き』と言う人種は、そんな筆先に付く、【絵の具】の量や粘度まで計算に入れていることに驚いた。




🍎🍎🍎🍎

グリーンアートギャラリー   

代表 

【プロフィール】

本名 田村治典

ニックネーム(夢・遊人) 

1945年生まれ

School of Theology 、Doshisha Unitersitxy 

Art Dealer, Hunter, Fisherman、Farmer, Yodeler, Former JTB Culture Salon Lecturer on "Tips for Art Appreciation," Former Special Lecturer on "Overseas Medical Cooperation" at Osaka University School of Medicine, Wild Child Educator, "Hope Apple" Tree Planting Volunteer ,


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

よく天文学や物理学との関係を聞かれますけど、僕の絵はどちらかといったら農本主義なんです。葉っぱを見ても、石ころを見ても神秘を感じるんです。とうもろこしと人間を同価値にみるんです。大きいものにも小さいものにも、立派なものにも、つまらないものにも、魂は一つずつ宿っていると。


オチ・オサム『内なる天体』

🍅🍅🍅🍅🍅🍅🍅🍅🍅🍅

オチ・オサム【デイドリーム】

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

僕は求道者じゃないから、座したまま悟りを開いたり上昇さることは不可能。そこで実際に体を動かすことで何かを見つけられたら、と思うんです。

ーオチ・オサム 『石が動いた』




🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチ・オサムとの出会い!


大阪住之江平林、

ウォータフロントの木場の一角に

画廊【ラ・ルーシュ】があった。

この画廊は九州派と関係の深いアートデコ(㈱)の泉よしたか氏を中心に、

駆け出しの画商たちが協同で運営していた。

ここで【桜井孝身展】を開催したことがキッカケになり、次は【オチ・オサム展】をやろうということになった。

そんな経緯があって初めてオチの作品と出会うことになった。

 オチの絵が箱から取り出されると、私はその絵に釘付けになった。

全身に鳥肌が立ち、しばらくその場から動けなかった。

こんな絵描きが日本にいるのか!相当なショックだった。

その絵は凹凸のある【額縁全体をカンヴァス】として使い、濃い青色の宇宙的なイメージの中に色とりどりの球体が浮かんで散りばめられていた。

また、この宇宙的なイメージとは整合性があるとは思われない、割った竹らしきものが凹凸のある【額縁カンヴァス】の中央に横に渡し具象的に描かれていた。

私は、ひと目でオチ・オサムという画家の虜になった。

(この私にとって記念すべき作品は1987年、大阪で初めて開催された個展の記念ポスターとして発行された2点の内の1点に採用され、作家のオチ自らが

『これは私の版画だ!

私の版画はこれでいい』

と宣言した、オチの作家生涯、僅か2点のオチ版画となった)

( 但し【脳波による自画像】や【コビー機で作成した一部の版画】は除きます)

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

The forum of the Heavens.

天空の詩(The Poem of the Heavens)

最上義治


Mogami clan, a prominent Yoshiaki Mogami samurai family in the Sengoku period


Yoshiharu Mogami, the 48th family head of the Mogami clan, is a contemporary painter. As a Christian, he is known for his unique style of painting invisible souls and spirits(proverbs 8:22) that he believes are always with God.

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

【オチにとっての

  版画とは?】


上の絵は『限定数無尽蔵』で版画展の賞を逃がしたといわれる版画作品です。


福岡市美術館や長崎県美術・博物館に所蔵されているオチ・オサムの「脳波による自画像」は、ある版画公募展の賞候補になった作品だという。

このとき、審査員の間で最終的に問題になったのが、この作品の「限定数」であった。

 多分、オチはいつもの茶目っ気だったのだろう。

「限定数」を訊かれたオチが答えた。 

「限定数は無尽蔵です」

これにはオチを推していた田中幸人らの審査員も参っただろう。

「限定1000部」とでも言っておけばよかったものを。(限定100部)

版画の公募展で「限定無尽蔵」では賞はもらえない!  

他に「これが私の版画だ。私の版画はこれでいい」と オチさん直々のお墨付きをもらっている版画が2種類ある。

といっても、大阪での初個展に展示する油絵から複製した40年前のポスターだ。

(1987年、技法オフセット、限定1500部)

  

また、他にオチが版画と言う作品が何点かあるが、私たちが考える、リトグラフやエッチングの類ではなく、 コピー機で創った1点しか作っていない版画だ。

つまり、オチは版画を複数芸術のカテゴリーでは考えていない。

あくまでオチにとっての未知の技法の一種としての興味しかなかった。
 

「オチさんの版画ってコピーかいな!」と私は揶揄したことがある。

そしたら、オチは「何を言ってる!何百年か後に、この作品を見る人がいたら、この時代には、こんなコピー機があったんだ、とみんな驚くだろう」 だって。

いやはや、そんな先の事まで考えているなんて…

私は、いつも、こんな調子でやり込められてきた。

そんなオチが福岡教育大学の版画教室で正式に銅版画(エッチング)を学ぼうとしたときがあった。

一応、福岡でのオチはそれなりに知られた画家だ。
「誰が教えるんだ!と学内で話題になっている」とオチファンの教授から聞かされたことがあった。


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎


デイドリーム➀

オチ・オサム自身が「私の版画はこれでいい」と承認した2点のオフセット版画。1987年 ED1500・

アートポスターOR版画仕様


デイド・リーム②

オフセット版画1987年ED1500

【出口なし】

【出口なし】

再制作への道のり『A』


当時の画廊は天井が5mもある60坪の工場跡を3人のスタッフだけで手作りした名物画廊だった。

ログハウス調の広いトイレは、絵の観方が学べるコーナーを備え、密かにピカソの最高傑作、銅版画「貧しい食事」1904制作のボラール版250部を展示していた


この画廊には、当時、兵庫県立美術館の館長だった中原祐介が、たびたび訪れていた。


猟師でもある私が仕留めた鹿の「ステーキ」

を「ノーベル賞の祝賀会のメインディッシュだ!」と言っては盃を酌み交わしていた。


中原は【芸術新潮】

1993年2月号、特集

【戦後美術ベストテン】で

オチの【出口なし】を選出。

『イタリアの、【アルテポーベラ】、や日本の【もの派】の先駆者』と紹介している。(この作品は1961年、国立近代美術館で開催された【現代美術の実験展】に出品した際の謝礼の低さに絶望?して1962年の読売アンデパンダンにオブジェ【出口なし】を出品して、制作を休止し、1966年の渡米によって、日本の戦後美術史から消えた最重要画家である)

日頃は美術の話など殆どしないが、画廊のトイレに設置された『絵の観方コーナー』は、中原先生のお気入りだった。

これは私のJTBカルチャーサロンの講師時代に『絵画鑑賞のツボ』の講座で使った教材の一部で、絵から離れると【裸婦】が【リンカーンの肖像】に変わる

版画を用いた初心者向けのコーナーだった。

『美術教育は美術館の仕事やろ?

美術館がせんから、僕みたいな貧乏画商がせなアカンねや!』

と言ったら、中原先生、意味不明の褒め言葉を下さった。

『お前が、一番悪い』??

ある日のことだ。

いつものように世間話をしていたが、アルコールの力もあって、思い切って尋ねた。


『先生!オチの(出口なし)の再制作どう思う?』オチと言えば『再制作したら作家はお終いだ!』と常々言っていたし、中原祐介と言えば辛口の評論で有名だ。

その中原祐介の言葉に、私は驚いた。

『田村さん、(普段はお前!と呼び捨てなのに)オチさんに再制作を強く進言してください!』だと。

『ええっ?!

そんな恐れ多いこと、僕が進言して、どうすんの?

僕、オチさんの信頼、失うの嫌や!先生から直接言うたらエエやん!』

と言うが早いか、携帯を取り上げていた。

『今、中原先生と飲んでんね、代わるわ!』

その後、二人の間にどんな、よもやま話があったのか、私は知らない。

懐かしそうに、親しそうにしゃべっているから、邪魔にならんように席を外した。

話が終わると、中原さんが言った。

「オチさん、その気になったみたいだよ』

🍎🍎🍎🍎🍎🍎

【希動】(きどう) 

【希動】とは、

『希望』の真相を伝える、私たちの

【造語】です。

『希望』は絶望という闇の中に、輝いている光のように思われています。

しかし、実際は 暗闇に光などありません。

光がないから、闇なのです。 

でも、大丈夫!

光がなければ、陰も闇も存在しないからです。

じっとしていないで、動き出せば、必ず見え始める光があります 。

立ち止まって、諦めてしまったら光は永久に見えなくなってしまいます。

さあ、立ち止まらず、重たい足を引きずって、歩き始めましょう。

その歩きだす瞬間、瞬間、その【とき】(カイロス)そのものが『希望』だからです。

だから『希望』と『動く』を統合して『希動』(きどう)という言葉を創りました。


人生の絶望から『再起動』するという願いも込められています。

No Despair is Exitless.

出口のない絶望など、存在しない。


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎

オチ・オサムの絵に寄せて

(1995年小倉そごうのオチ・オサム展より)

​ポール(我が家の愛猫)が私の手の中で息絶えたとき、小さな命が、絵の中に吸い込まれ、小さな球体となってひかり始めたのを私はしっかりと見とどけていた。

そのとき、私は球体たちが幾何学的な美を突きぬけ、饒舌に歌うのを聞いた。生きとし生けるものの生命のきらめきが、一大オーケストラとなって私の悲しみを覆っていった。

  ​ー夢・遊人


【宗教の話​】

世の中には、たくさんの宗教があります。

​私の画廊に遊びに来る人や、下校時の中学生を呼び止めては、私はつい話し始めてしまいます。「138億年前のビッグバン」や「今の君たちの命」の話を。

​今も広がり続ける宇宙の向こうはどうなっているのか。

こちら側には2兆個を超える銀河があり、そのうちの一つの天の川銀河だけで5000億個もの恒星(太陽)があります。

その広大な宇宙の片隅にある奇跡の星、地球。

​宇宙が始まったとき、それは偶然だったのでしょうか?

それとも、何か「とんでもない存在」が関わったのでしょうか?

子どもたちには少し難しい「哲学的第一原因」といわれる、

【宇宙の始まりの始まり】の話をしても、子どもたちは真剣に耳を傾けてくれます。

私は、たとえイエスや仏陀、ムハンマドのような偉大な教祖であっても、宇宙ができてから138億年後に生まれた人間を「神さまそのもの」として信じるべきではないと考えています。

イエスも自らを「神の子」と呼んでいました。

​これは無神論ではありません。私は宇宙の始まりが偶然とは考えていません。

何か、意思のある(サムシング・グレート)の必然的な関与を信じています。

宗教には【家内安全】【商売繁盛】という現世利益的なものもありますが、原点は「人間は必ず死ぬ」という【恐怖と不条理への納得】と考えています。

死からの救いの形は、時代と共に変遷します。太陽信仰や神話、輪廻転生、肉体の復活。しかし「いつか地球も消滅する」という現代の先端科学の真理は、それらの信仰を根底から覆してしまいました。

​肉体の一部である脳の活動として知られるようになった【生命】【精神】など【こころの作用】は、死と共に消滅すると科学は伝えます。

しかし、私が唯一、希望を込めて信じている言葉があります。

それが「魂」という言葉です。

​「魂」という言葉は、生命体が生きている間から、【精神】や【命】と同義語として使われる反面、死後の世界にも通用する永遠の響きが予感されます。

いつの日か、地球が消滅するのは、確かなことですが、【死後の世界】はどんな最先端科学を屈ししても、【あるか、ないか】の証明は出来ません。

天才画家オチ・オサムは言いました。

「大きなものにも一つの魂、小さなものにも一つの魂、私は小さいものの魂を描きたい」

これは画家の言葉ですが、観る人はもっと自由に絵の中に入り込むことができます。

私はオチの描くあの球体の一つ一つに、亡くなった妻や父、母の目に見えない魂を尋ねます。

ダ・ヴィンチの絵の『最後の晩餐』が物語を伝える絵であるならば、オチ・オサムの絵は、誰からも邪魔されない、観る人それぞれの自分自身の想像の世界へと導く装置です。

​私はオチの絵の中に、宇宙が生まれる前から存在する自分の魂(箴言8:22)を想像し、自由自在に時空を超えて遊泳しているのです。




「再制作への楽しい打ち合わせ!」


慌てる話でもないし、その後オチさんのアトリエを訪ねると再制作の話に花が咲いた。 

「先生、箱の大きさはどれくらいやったん?」

「作りやすいように買ってきた板そのまま使った!」

「箱の穴の位置は?」

「大体真ん中やった」

「ええっ?!穴の位置は相当、板の上に見えるけど」

写真では撮る位置でそう見えるらしい。

「厚みは?」

「覚えてないよ、でも板の大きさの比率でわかるよ」 

「箱の中は両サイドに向かい合わせに鏡を貼り、ワイングラスを取り付ける」 

「先生!それって、迷宮を表す(鏡の中の鏡)やん」

「ところで、チャント、永久に映り合ったん?」 

「いや、暗くてわからんかった」

「そやろな!見えんかっても、一応理論上は映りあってるはずやな」

「田村さん、昔の通りに作らなくてもいいよ!いや、むしろ違ったものを作った方がいい!」 

楽しそうに話していても、やはり、再制作には少し、抵抗があるのかな?

いつものように、オチのアトリエで再制作の話に花を咲かせていたときのことだ。

最後の

ガラス板の蓋の話になった。

私はこの作品の意味とか、作家の意図は、何も考えず、「国立美術館の謝礼の安さ(この国の文化行政の貧困さ)に失望して創った」くらいの知識で再制作に加わっていた。

今日は、どうもオチの態度がおかしい!

いつものようでない!

そうだ、ウソのつけない人がウソを付く時のように、なにか、ソワソワしている。

誰でも、オチの次の言葉に注目してしまう。

そこでオチは「コソッと」あるいは「さりげなく」言ったつもりだろう、一言。

「ガラスの板は絶対に止めてはいかん!」

「何?!」

私の中で無意識に抑えていたものが、吹き出した!

「何やのそれって?フタが止められてなかったたら【出口なし】やない!【出口アリアリ】や!」

そこから私の無意す識に詰め込んでいたものが爆発した。

「割って脱出できる、ガラスという素材そのものオカシイと思ってたわ!」

「何が【出口なし】やねん。僕やったら鉄板でガチガチに打ち付けたるわ!出てこれんやろ!」

「おかしいと思ってた、そのとき、先生自○してへんし、桜井の後を追ってアメリカに脱出も出来た。

そして今日まで生きてこれたんや!」

「これは【出口なし】やなくて、【出口アリアリ】にせなあかん!」

そしたらオチが困惑した顔でこう言った!

「それでも、タイトルは【出口なし】にしないといかん。

🍎🍎🍎🍎🍎🍎

【出口なし】は私にとって、現代に示された、究極のパラドックスだ。


私はオチに制作意図を尋ねたことはない。感じたことを素直に話してきた。

半世紀も経つと、時代は変わり、考えも変わる。

「出口なし」」はパラドックスになり得る。

オチは1962年の【出口なし】の閉塞状況から脱出し、生涯をかけ、絵を描き続けた。

鑑賞者に『魂』という形而上的な世界を投影させるまでに、絵を昇華させた。

私は、1962年の初制作時のオチと再制作時のオチが意図する鑑賞者へのメッセージも、当然変化していておかしくないと考えている。

しかし、今となっては真相は分からない。

いろんな、可能性を秘めながら、オチは天空の魂へと復活していった。

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎



『出口なし】のパラドックス。『希動』という造語のページは下のボタンから

🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎



日本の逆遠近錯視絵画のパイオニア

キャプテン・クック

本名【ノーマン・D・クック】

関西大学 総合情報学部 認知心理学 教授

展覧会歴

『おもしろ、錯覚の世界』

ハウステンボス美術館

【不思議な世界!キャプテン・クック展】

長崎 浜屋百貨店


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎



ダビンチのスフマート技法に必須の幻のメデウィムをたまごで復元させた日本人画家!

佐藤 龍


ルーブル美術館が所蔵するドラクロアの名作【サルダナパールの虐殺】の修復を手がけた。

画家としてのパリ生活で得た豊富な知識!


サントリー美術館、【シャガール展】の関連講演会で『私の会ったシャガール』と題して講師を務める。

科学的に絵の具が作られる時代だが、顔料で、一から油絵の具が作れる、日本では珍しい画家。


『希望りんご』の植樹ボランティアとして1997年からの初期主要メンバーとして活躍する。



『この町・花の街・作戦』since1995

売名行為と言われても続ければ、新聞の一面に紹介される奇跡も起きる!

21世紀を迎える。

2001年1月17日、震災から6年目を迎えた。

震災の年に生まれた子どもはもう、6才になる年だ。

私たちは『追悼』から『希望』へとコンセプトを変え、コックンビッチ(当画廊の画家、ドイツ在住)を張ゆかちゃんのエスコート役に『希望2001』の追悼集会を開催した。

主要マスコミは東遊園地から『神戸の壁跡地』に取材会場をシフトした。


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎。

🍎🍅🍅🍅🍅🍅🍅

ボランティア

【希望りんご】植樹阪神大震災以来、阪神間を中心116カ所816本植樹。2025年1月現在。


 https://youtu.be/9OkD91TIhJc?si=OY2Hjce0vBGXPz0Z

【被災地に学ぶライフハック】https://youtube.com/watch?v=Cus3c-Kztwo&feature=shared



【希望りんご】

植樹地一覧

ラジオ大阪「昔少年元少女」田村治典 

出 演 録 音

https://youtu.be/BWTD2GDLtKE?si=e7httpsxdmxWdaJ3H5WTt

https://youtu.be/BJmNQM8oMws?si=m9x_jpkSM7iFflRP

「この町・花の街・作戦」

since 1995


🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎🍎




 

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