菊畑茂久馬展にて

後に大分市立美術館の初代館長になった満行さんが北九州美術館の学芸課長だった時の話だ。


北九州美術館で開催された「菊畑茂久馬展」1987年のとき、桜井は何故か?パリに戻って日本にいなかった。


私はオチと当時の黒崎そごうの美術課長だった及川宣幸さんと、九州産業医科大学の佐藤信茂教授とレセプションに参加していた。


当時、福岡市美術館の学芸員だった黒田雷児さんは美術館のユニフォーム姿、オチはネズミ色の絵の具だらけのいつもの作業シャツ姿に何が入っているのか肩から、ずんだれたバッグを下げていた。主役の菊畑茂久馬さんはキチンとした紺のスーツ姿だったし、企画者の山根学芸員に至ってはモーニング姿だった。

現代美術のジャンルを考えれば、すこしやり過ぎ?の感があった。

だが、まあ、そこは芸術的パフォーマンスということにしておこう!

問題はオチの行動だ。

菊畑さんのスピーチの最中に呼ばれもしたないのに、会衆を分け入り、ユックリと無言でスピーチ中の菊畑の方に近づいて行った。

 「誰や!」「誰や!」と会場がざわめいた。 

しかし、その無言のオチの歩みを止めるものは誰もいない。

すると私たちの背後から声があった

「アレが有名なオチ・オサムだ!」

声の主を見ると田中幸人さんだった。

私は「どこが有名やねん、有名やったら、僕ら、苦労はせんわ!」と思っていた。

菊畑さんは

「おおっ!オチちゃん、来てくれたんか」と

笑顔で迎えた。

しかし、オチは一言も発せず、無言で「マイクをよこせ!」と手を差し出した。

マイクを受け取ったオチはいきなり、調子外れの大声で、シャンソンらしき歌を歌い始めた。

会衆はその場違いな、調子外れの大声に驚き、歌そのもののことなど、考える余地はなかったようだ。

しかし、私の耳にはその歌の一節がこびりついて、離れない。

『戯れはやめて欲しい。あなたには遊びでも、私はまじめなの〜』

知らない歌には違いないが、何ヶ月も後になって、やっぱり気になり、オチさんに尋ねた。

菊畑さんのレセプションで歌った歌、チョット、失礼やったんちゃうん?

すると、オチは「忘れた!」だと。

あのような、歌詞のシャンソンがあるのかどうか、知らないが、あれは絶対、おかしいと今でも思っている。

この展覧会を『作家と学芸員の蜜月関係は醜い』と評した骨のある評論家がいた。 

福岡には骨のある奴がいるなと思った。

素人の私には、オチの推薦文を依頼した中村義一の文章は何を言ってるのかサッパリ分からなかった。

田中幸人さんの修飾語は少し鼻 に付く。

結局、オチの展覧会の推薦文は黒田雷児さんに頼むことにした。

あの、「オチは僅差で勝つのである」という文章は論理を超えたポエムもキレもあり、感動して、黒田文章のファンになった。(このHPにも上げておきました)

通常の案内状はハガキだが、経費のかかる封筒にして、この黒田文章の全文を載せられる案内状を作った。


余談だが田中幸人さんの『絵空事』という言葉が嫌いだった。

影響力があって、山根さんも、真似をしてよくつかう。

絵画芸術が、作家だけで完成しているとでも思つているのだろうか?

観る人の感性と実現可能な行動力を信じた言葉ではない。

どんなに高級な料理でも、食べる人がいなければ話にならない。

【絵に描いた餅】を、【食べられる餅】に変えることができる鑑賞者を忘れている。

命がけで絵を描いているオチのような画家もいるんだ!

オチ・オサム

幻のトルソー

震災で消滅

(写真上の図は作品を真上から見た図)

濃紺に塗られた石膏トルソー の欠落した胸部のフラット面に、球体が描かれ、胸の膨らみが描かれた球体によって球体のイリュージョンとして膨らんで見える、オチ・オサムならではのオブジェです。オチは胸の膨らみの再現に興味はなく、あくまで球体を描く面としてのオブジェ作品で、描かれた球体は欠落した面との差異が分かるように描かれています。

しかし、このオチさんらしいオブジェ作品は、残念なことに、1995年の阪神大震災で粉々に壊れ、消滅しました。

現在ではこの写真でしか見ることはできません。

田淵安一先生、

渕きれ!

【世間話を高尚な芸術論で遮るな!】


バニューの、桜井シェンシェイのアトリエで田淵安一さんと、某新聞社のパリ支局長、パリ日本人画家会の事務局長の庄司さんらと飲んでいた時の事だ。


私の左隣で飲んでいた田淵先生が、突然、某新聞社のパリ支局長にブチ切れた。


「うるさい!お前は黙っとれ!」「お前みたいな評論家に俺の絵を批評されてたまるか!」と一喝したのだ。


その大声で座は白けるし、田淵先生のなだめ役を期待された、さすがの豪傑、桜井先生も止めに入るどころかオロオロ。

(桜井さんはあの風貌の怪異さに隠してはいてもホントは平和的な争いを好まない優しさをもった人。争いの仲裁役には不向きです。気の優しい投手が髭を伸ばすのと同じです)


私の右隣にいた支局長が私の頭超えに『ニューヨークタイムスの社説がどうの…なんたらの学説がどうの…』と難しい話題で私と田渕先生との世間話の邪魔をしたからだった。

田淵先生の怒りの言葉が続いた。

『お前らは何も知らん。俺の絵には俺の気づかんことまで表現されてるんだ!』

ナヌ?

この座の混乱をどうして収めようかと思案している私が田淵先生のこの言葉を見逃す筈がなかった。

いずれにしても、支局長の側に立たなければ、この場は収まらない。

しかし、不用意な発言は油に火を注ぐ。

危険な賭けだがしょうがない。

『田淵先生!おかしな事を言われますね。それって、神秘主義じゃないですか!作家自身に自分が知らないことまで表現されていると言われてしまえば、観る人は 何も言えませんよ!』

『先生には悪いけど、僕は先生の絵を見たら、僕の感想は言わしてもらいますよ!』

一瞬、田淵先生が次の怒りの言葉を飲み込んだ。

今までの怒りの雰囲気の幕場が平穏な幕場に切り替わるのに少しの時間が要った。

『そう、それだけは言ってもいい!』田淵先生は平静に戻っていた。 

内心ビクビクだった私の心配など誰も気づかず、何事もなかったかのように平和な酒宴は再開したのであった。